フランス旅行⑪パリ~マリー・アントワネット
パリは自由行動だったので、地下鉄を使い、かなりたくさんの場所を観光してきました。
その様子を、何回かに分けて書いていきたいと思います。
今回はまず、マリー・アントワネットに関する、2つの場所をご紹介です。
マリー・アントワネット。
ハプスブルグ家出身のオーストリア公女で、フランス国王ルイ16世の王妃です。
幼くして政略結婚のためにフランスへと嫁がされた彼女は、その寂しさを紛らわすために奢侈に没頭しました。
夜毎の仮面舞踏会や、博打などもしていたそうです。
1789年にフランス革命が勃発し、1793年に彼女はギロチンによって斬首刑となりました。
彼女が処刑されるまでの2ヶ月半の間、閉じ込められていた独房が、コンシェルジュリー(Conciergerie)です。
パリの中にあるシテ島の西側に、かつての牢獄が残っています。
もともとはフィリップ4世の宮殿だったそうですが、14世紀後半から牢獄して使われるようになりました。
フランス革命の際、多くの王族・貴族が収容され、当時はその牢獄に入るとかならず死刑になるというので、「死の牢獄」「ギロチン控えの間」とよばれたそうです。
←建物の外にある時計からも、その歴史の古さを感じさせます。
雰囲気があって、凄くお洒落です。
なんと、フランス最古の壁時計なのだとか。
設置されたのが1350年で、1585年に一度取りかえられてからは、ずっとそのままなのだそうです。
1階にある、広い憲兵の間には、フランスの歴史だったり、コンシェルジュリーの変遷みたいなのがパネルで説明されているます。
ただ何しろフランス語で書かれているので、さっぱりわかりません。
正直、これだけだったらどうしようと途中から物凄く不安になりました(笑)。
が、奥にはいろいろと面白いものがありましたよ。
←牢獄の復元です。
当時の牢獄は有料制だったらしく、払った額に応じて設備が変わったそうです。
①パイユー・・・最も貧しい囚人。藁が敷かれた雑居房。
②ピストリエ・・・中流層の囚人。簡単なベットがあり、4、5人で生活。
③プリゾニエ・ドゥ・マーク・・・お金を払える富裕層や著名人の囚人。家具のある独房(家具の持ち込みも可。)、読書や仕事をすることもできる。
復元された牢獄にも、それらの看板がかかっています。
←キター!
フランスにもやっぱりあったのね!!
私の大好きなB級復元人形!!!
しかもなかなかのB級具合!!!
良いですねぇ。
うなだれてますねぇ。
意外と普通の服を着ているのに驚きました。
←この大胆な寝方にも相当驚いたけど(笑)。
いや、もうちょっと置き方があるだろうと、ついツッコミを入れちゃいますよね^^
なぜこんなにも大胆な足の広げ方をしているのでしょう。
ベッドがあるので、そこそこ裕福な人という設定のお部屋です。
←礼拝堂。
1793年にジロンド派の議員たちが宴会を開いたので、ジロンド派の礼拝堂とも呼ばれています。
たぶん復元だと思います。
かなり綺麗でした。
←マリー・アントワネット記念礼拝堂。
もともとは彼女の独房があったところに、礼拝堂が作られています。
彼女が独房で使っていたもの(そんなに多くない)とかが少しだけ展示されていたり、彼女の説明のパネルがあったりしました。
勿論、読むことは適いませんが、彼女が確かにここにいたという雰囲気を味わうことはできます。
それが一番大切なんですよね。
実際に来たからには、彼女たちの息吹を感じないと。
←マリーさんの息吹を感じるぜ!!!!!
マリー・アントワネットの牢獄が再現され、そこには後ろ姿ですがマリーさんが一般公開されています(笑)。
本当に質素な部屋だけど、他よりは広いし、タペストリーみたいなのもかかっていて、やっぱり他の人とは違うなといった様子です。
←すぐ後ろには、こうやって看守の人が常に見張っていたそうです。
落ち着かない。。。
フラッシュをたいているので見えていますが、実際は照明が非常に暗くて、あんまりよく見えません。
でも、それが当時の実際の様子だと思うと、そんなところに2ヶ月半もいるなんて本当に苦痛でしかないよなぁということがよくわかります。
←入り口の隙間からも、こうやってマリーの行動を監視することができます。
横から見ても顔が見えないという絶妙な人形の配置ぶりが流石です。
お顔を拝めそうで拝めない、寸前のところなのがそそられます(笑)。
「マリーはこんなんじゃない!」とベルばらファンにでも叱られたのかしら^^
コンシェルジュリーとセットでもチケットを買える、すぐ横のサント・シャペル教会。
こちらも観光コースに入れていたのですが、「2時間待つよ」とチケット売り場で言われて、泣く泣く断念しました。
2時間って・・・そんなに有名な教会なの??
とにかくステンドグラスが素適な教会だそうです。
コンシェルジュリーにお寄りの際(たぶん普通はメインが教会なんだろうけど)はぜひそちらも。
コンシェルジュリーから引っ張り出され、マリー・アントワネットが最期を迎えた場所は、コンコルド広場(Place de la Concorde)でした。
エジプトのルクソール神殿から持ってきたオベリスクが立つ(←これもよく考えたら凄いことだと思うのだけど)広場の周りは、車が何車線も走っている、かなり交通の活発な場所です。
ルイ16世やマリー・アントワネットが処刑されたという雰囲気は微塵も残っていません。
看板の一つも立っていません。
本当に、ただオベリスクが立っていただけでした。
ただここに民衆たちが集まり、マリーの処刑される姿をじっと見つめ、ギロチンが落ちた瞬間に歓声が上がったという様子を想像すると、自分も歴史の生き証人になったような気分になります。
すぐ横にあるホテル、オテル・ド・クリヨン('Hôtel de Crillon)は、マリー・アントワネットがピアノのお稽古をしていた屋敷跡をそのままホテルにしたそうで、彼女が使った部屋というのがそのまま残されています。
そのときの彼女は、まさか自分がその目の前にある広場で処刑されるなんて想像もしてかったんだろうなぁ。。。















































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